実施のためのヒント

はじめに

  • このページでは、原著者の1人に許可を得てCassar et al. (2016) のBATD-R 治療マニュアルの実践的な知恵と臨床的なニュアンスのためのセラピストのヒント(Therapist tips for the brief behavioural activation therapy for depression - Revised (BATD-R [1]) treatment manual practical wisdom and clinical nuance) の概要を紹介します。

    1. 原版へはアクセスはこちらから:doi 10.1111/cp.12085

    2. 日本語訳はBATD-R 日本語版の翻訳者の一人である高階光梨(関西学院大学文学研究科)が行いました。

  • 実施のためのヒントでは、治療マニュアルではあまり明示されていない重要なポイントについて理解を深め、マニュアルには記載されてない実践的な知恵と臨床的なニュアンスを伝えることで、セラピストがこのアプローチの実施を心地よく感じ、プログラムの質を向上させることを目標としています。

    1. 実施のためのヒントは2013年5月にオーストラリアのシドニーにある国立薬物・アルコール研究センター(the National Drug and Alcohol Research Centre)で4日間の研修が実施された際に扱われた内容をまとめたものです。

    2. 研修は物質使用者のうつのための行動活性化の無作為化比較試験(活性化研究:the Activate Study)の準備として、BATD-Rのマニュアルの著者であるカール・レジェス教授(Professor Carl Lejuez)の研究チームが実施しました。

    重要なポイント

    1. 「うつのための短期行動活性化療法-改訂版(BATD-R)」は、他のさまざまな精神疾患を併存するうつ病の治療のための包括的なマニュアルです。


    2. BATD-Rマニュアルは、介入の中核となる技術的な側面や実施方法を概説した有用な資料をセラピストに提供しています。一方で、治療を効果的に実施するために必要な実践的な知恵や臨床的なニュアンスを欠いていることが指摘されています。


    3. 実施のためのヒントは(BATD-R開発者の1人が運営する)1週間のBATD-Rトレーニングでの臨床家(訳者注:臨床家はclinicianの訳で、日本では精神科医、臨床心理士、公認心理師などが主に該当します)の質問や経験に基づいて、実施に必要な実践的な知恵や臨床的なニュアンスを伝えることを目的としています。


    BATD-Rマニュアルについて

  • BATD-Rは、自分の核となる価値、およびその価値を構成する日常生活での活動に焦点を合わせることによって気分を改善し、回復力を高めようとする治療的なアプローチです(Lejuez, Hopko, Acierno, Daughters, & Pagoto, 2011)。

  • BATD-Rは抑うつ症状のみ(Collado, Castillo, Maero, Lejuez, & MacPherson, 2014; Egede et al. 2015;Hopko, Lejuez, Lepage, Hopko, & McNeil, 2003)、および、うつと他のさまざまな併存疾患が存在する場合(Pagoto et al., 2013)のいずれにおいても有効性が示されています。

  • また、米国ではうつ病の薬物使用者を対象とした複数の研究が行われています (Daughters et al., 2008; Magidson et al., 2011)。

  • 行動活性化の多くの概念は他の書籍にも詳細に書かれており、これらもプログラムを提供する際のセラピストの指針になるでしょう(例:Jacobson, Martell, & Dimidjian, 2001; Kanter, Busch, & Rusch, 2010; Martell, Dimidjian, Herman-Dunn, & Lewinsohn, 2010)。


    テーマ1:治療根拠の提供における柔軟性

  • テーマ1では、治療根拠とクライエントへの治療根拠の提供について述べます。

  • 多くのマニュアル化された治療法と同様に、BATD-Rマニュアルは高度に構造化されたアプローチを提供しています。

  • もしかすると、BATD-Rはクライエントの訴えやニーズに基づいて柔軟に対応する余地がほとんどないように感じるかもしれませんが、マニュアルに書いてある文言が直接従うべき「台本」というよりも、提案集として機能するように設計されています。

  • BATD-Rのトレーニング中のロールプレイを観察することで明らかになったのは、セラピストはマニュアルの正確な文言に縛られてしまう傾向があるということです。

  • その結果、セラピストは目の前のクライエントのニーズに合わせて根拠を個別化して伝える機会を逃してしまい、そもそもセラピストとしての人間味を失ってしまうことが多い傾向にありました。

  • 理論的根拠の核となる考え方が取り上げられている限り、セラピストはクライエント自身の言葉を使って、個々のクライエントのために魅力的で個別化された方法で理論的根拠を説明することが可能です。

  • また、セラピストはマニュアルのアドヒアランスチェックリストのチェック項目(配布資料 付録2を参照)をすべて満たすことと同時に(Lejuez et al., 2011, p.151参照)、個々のクライエントへのアプローチが正確であることが保証されました。

  • トレーニングにおいてBATD-Rによるアプローチを柔軟に適用できるという認識は、トレーニングを受けているセラピストがBATD-Rの治療根拠の提供に自信を持つことにつながりました。

  • セラピストが厳格な構造から開放的なスタイルに移行する機会を与えられたとき,セラピストは,より効果的に理論的根拠を伝えることができると感じたと報告した。

  • 以下では,トレーニング中のロールプレイの例を示します
  • セラピスト:今までお話してきた症状を考えれば、あなたが落ち込んでいても不思議ではありません。このプログラムでは、あなたの落ち込んだ行動パターンを理解し、変化させることに働きかけます。あなたの思考、感情、生活の全体的な質を改善するための方法として、行動の変化を標的としています。
    クライエント:ええ、私には変化が必要です。いつも行き詰っている感じがして、やりたいことができないんです。
    セラピスト:そうですね。うつの人の多くは、疲れていると感じ、やりたいことをやる気が起きません。多くの場合、人は少し気分が良くなったら再びジムに通おうなどと考えるでしょう。このプログラムでは、気分を改善するだけでなく、エネルギーや、やる気を高める方法として、まず行動を変えていきます。つまり、うつから解放された生活を送るための鍵となるのは、毎日を大切に楽しく過ごし、充実感や目的意識を生み出すことです。何が悪いのか、どこに問題があるのか、ということを考えるために多くの時間を割くのではなく、あなたが何をしたいのかということに焦点を当てていきます。私たちは、このプログラムであなたが今どこにいて、今後どのようになりたいのかに焦点を当てるために時間を使います。車を運転しているとき、バックミラーを見て過去を見るか、前を向いて進みたい方向を見るか、どちらかを選ぶことができます。自分の人生に求めることに注目して行動するという方法は、現状を改善するためにどのように役立つでしょうか。

  • セラピストは、クライエントの臨床像を明らかにするアセスメントのインテーク部分で、クライエントが実際に使用した言葉を根拠の説明に用いることができます。

  • さらに、セラピストはクライエントの状態の個別の側面に合わせてプログラムの根拠の説明方法を調整することができます。

  • 例えば、絶望的な気持ちでほとんど家から出られないクライエントと、かなり活動的な一方で自分の活動に満足感や喜びを見いだせないクライエントでは、伝える根拠は違ってくることでしょう。

  • 前者の場合には、理論的根拠は「私の人生を取り戻すこと(クライエントの言葉)」の重要性に焦点を当てます。そのために、「世界をシャットアウトする(クライエントの言葉)」というサイクルを断ち切るための簡単なステップを使って、子どもと再び親しくなることを目指すという説明ができるでしょう。

  • 後者の場合には、その根拠は、クライエントの選択がどのように彼/彼女を悪循環に陥らせているかに焦点を当てます。クライエントがすべての時間を「他の人の世話をする(クライエントの言葉)」ことに費やしていて、「一瞬の喜びさえも(クライエントの言葉)」感じることはないことで悪循環に陥っているという説明ができるでしょう。

  • また、BATD-Rの実施者は、行動連鎖、プロンプト、随伴性の操作とシェーピング、正の強化と負の強化の概念、そしてセラピストの柔軟性を高めることを含む行動分析の基本的な理解も必要となります。

  • このような概念を理解することで、セラピストはクライエントと協働して、成功の可能性を高めるために、目標や予定されている活動を修正することができるのです(Hopko, Lejuez, Ruggiero, & Eifert, 2003; Martell et al. 2010)。

  • 例えば、行動連鎖の原理を用いてスケジュールされた活動は、より管理しやすく、達成しやすい要素に分解することができます。



    テーマ2:自己開示による治療同盟の確立

  • クライエントの動機づけを高めるための方略の一つに、治療同盟の確立があります。

  • 実施者トレーニングの過程において、BATD-Rマニュアルの導入部には治療同盟の項目がありますが、プログラムの理論的根拠について柔軟にカバーするだけでは、しっかりとしたコミュニケーションが取れていないことが明らかになりました。

  • BATD-Rでは、主訴、治療根拠、人生の領域、価値、そして活動についての話し合いの中で、個人的な葛藤の共有などの自己開示の機会が豊富にあります。

  • このプログラムの中でクライエントが遵守することが最も難しい、活動記録表についての話し合いは、セラピストが自己開示を行うことが有用であると考えられる領域の一つです。

  • BATD-Rの実施者トレーニングにおいて、セラピストはクライエントが経験する可能性のある潜在的な課題を認識するために、セラピスト自身の活動記録の経験を伝えることが推奨されました。

  • セラピスト自身の活動記録の経験を伝えることは、日常生活の中における活動記録の指導を行うだけでなく、クライエントとの信頼関係を築く上でも有用なテクニックであることが明らかになっています。

  • 以下では、トレーニング中のロールプレイの例を示します。
  • クライエント:前回のセッションの後に活動記録表に取り組もうと思っていたのですが、初日から時間を忘れてしまい、前の日の活動記録表を記入するのが大変でした。
    セラピスト:そうですよね。記録するのが大変だと感じることがありますね。私がこのプログラムの訓練を受けたときに、数週間、活動記録表をつけました。やってみるまでは記録するのはとても簡単だと思っていましたが、実際にやってみると、記録をするたびに大変だということが分りました。ですので、私は活動記録表をつけるために、自分に合った方法を見つける必要がありました。あなたにはあなたに合った方法があると思いますので、私が行っていた方法があなたにとって最も合っているかどうかは分かりませんが、私に効果があった方法をお伝えしますね。活動記録表に記入する際に、ベッドの横に記録表を置いておくと、思い出すことが出来るということが分りました。ですので、私は今でも食事や運動の記録をするアプリを使うときには、思い出すためのルーチンを取り入れています。例えば、私は食事や運動をするたびに記入するようにしています。また、何日か入力を忘れてしまった場合は、先週の火曜日の午後3時に何をしたか、どのように感じたかを正確に思い出そうとして立ち往生するよりも、その日の記録から書いていくようにしています。自分に合った方法を考えてみましょう。あなたも私と同じような方法を試してみると、取り組みやすいでしょうか。それとも、あなたの携帯電話(スマートフォン)のリマインダー機能や冷蔵庫にメモを貼るといった他の良い方法があるでしょうか。
  • 活動記録表の課題が上手くいっていないときにトラブルシューティングをする際に、セラピストはクライエントに活動記録表をどのように提示したかを振り返る必要があることが明らかになりました。

  • セラピストは、クライエントが毎日のモニタリングの方法や目的を理解していたかどうかを考慮しなければなりません。

  • セラピストはクライエントがセッション間の課題を完了できるようにサポートする責任があるのです。



    テーマ3:セッション外でのモニタリングをクライエントに提示・検討する際の動機づけや意欲の向上と目的の設定

  • BATD-Rの成果は、日常的な活動記録に関連したクライエントの動機づけや意欲と結びついています。
  • これには、プログラムにおける活動記録の目的や、心理的幸福の促進のための活動記録の目的を理解することが含まれています。

  • モニタリングの重要性は、広く行動活性化のコミュニティで報告されています(Kanter et al.,2010;Lejuez,Hopko,&Hopko,2001;Martell et al.,2010)。

  • セラピストはこのアプローチについて簡単に理解することが出来ましたが、セラピストが宿題の説明に柔軟性を持たせることができたのはトレーニングを受けてからのことでした。

  • BATD-Rマニュアルでは活動記録を重要な宿題として扱っていますが、研修ではよりきめ細やかなアプローチを推奨していました。

  • 例えば、セラピストは「ホームワーク」という言葉を使わないように促され、その代わりに活動記録表はクライエントが自分の人生についてセラピストに伝える機会であると説明することが推奨されました。

  • このように説明することで、活動記録が雑用として経験されるのを防ぎ、セッション中にクライエントが達成しようとしていたことを強化することができます。

  • このような方法で活動記録表について話し合うことで、クライエントは行動活性化のアプローチとの一貫性を保ちながら、より有機的な方法でその週の達成された活動を提示する機会を得ることができます。

  • このような方法で活動記録表について話し合うことで、クライエントは行動活性化のアプローチとの一貫性を保ちながら、より有機的な方法でその週の達成された活動を提示する機会を得ることができます。

  • 以下では、トレーニング中のロールプレイの例を示します。
  • セラピスト:セッションでは、あなたの生活について多くの情報を知ることができますが、あなたがここにいない時に生活の中で何が起こっているのかを調べることも重要です。この記録表を使って毎日の行動を記録します。これを次の週まで続けてみてください。少し手間はかかりますが、あなたの生活の様子をもっと知るために役立ちます。寝ている時や食事をしている時などは、簡単に書くこともあるかもしれません。ですが、あなたがやっていることを詳しく知りたいので、もっと詳細に書く必要があることも出てくるかもしれません。例えば、午後に息子さんとどこかに出かけるとします。「息子とどこかに行ってきた」と書いてもいいのですが、動機づけを維持するのが難しいと言っていたので、二人で楽しく過ごすためにやったことを書いてもいいかもしれませんね。これはできそうでしょうか?役に立ちそうですか?
    クライエント:役に立ちそうだけど,よくわかりません。じゃあ,これはどこにでも持って行った方がいいんですか?
    セラピスト:そうですね。難しい部分もあると思います。様子を見てみましょう。私が言ったように、できる限りのことをしてみてください。私と一緒に取り組む1時間が大切なのと同じくらい、あなたの生活の他のすべての時間も大切なので、それぞれのセッションで活動記録表をたくさん使っていきます。あなたに何が起こっているのかを理解すればするほど、あなたの理想の人生に沿った生活ができるように一緒に変化を起こしていくことができます。そうすることで、現在あなたがどこで上手くいっていて、どこで苦労しているのかという過程が見えてくるようになります。あなたが一生懸命に取り組んだことが大きな効果をもたらすことを保証します。


    テーマ4:クライエントが価値に困難を感じるかもしれないという自覚

  • BATD-Rマニュアル(Lejuez et al.,2011)に記載されているように、価値は他の治療法、特にアクセプタンス&コミットメント・セラピー[2](ACT;Hayes,2004)と一致したプログラムの構成要素です。

  • 価値はBATD-Rの中核を成すものであり、クライエントの中には、この概念がヒューリスティックで動機づけを高める大きな価値を持っている人もいます。

  • 一方で、他のクライエントにとっては、様々な理由からこれらの概念が難しいと感じることもあります。

  • 以下では、マニュアルの使用に当たって有益な補足となる、トレーニングから得られた課題について説明します。

  • 他人の価値と自分の価値が分けられない

  • クライエントがそれぞれの人生の領域における自分の価値を、自分自身の個人的な価値ではなく、社会的な価値に基づいているのではないかという懸念が出てきました。

  • 研修では、個人的な価値と社会的な価値の重なりを見つけるために、クライエントと協働することの重要性が強調されました。

  • セラピストは、クライエントの価値が個人的なものなのか、社会的なものなのかを確認し、可能であれば重なり合う価値について考えるように促す必要があります。

  • これは、クライエントが他人から押し付けられた価値の追求をやめるべきだということではなく、クライエントに何らかの洞察を提供し、将来の選択の指針となりうる重要な会話であるということです。

  • 感情的になる内容のため一部の価値をターゲットにすることが難しい

  • BATD-Rを使ってクライエントと一緒にプログラムに取り組む中で、価値が困難な感情の引き金になることが明らかになりました。

  • セッション2での価値の話し合いは、クライエントが価値という概念を初めて提示される機会になるかもしれません。

  • このような場合、クライエントは自分の生活の中で価値に焦点を当てていないことや、自分の価値に沿った生活をしていないことが明らかになることがよくあります。

  • プログラムを行う際には、セラピストは価値の話し合いがBATD-Rの難しい要素になる可能性があること、また、クライエントがこれらの問題について話し合うのに多くの時間が必要になる可能性があることを認識しておく必要があります。

  • トラウマ経験のあるクライエントは、人生の領域の話し合いが特に困難であると感じることがあります。

  • 例えば、薬物依存症のクライエントは、幼少期に性的虐待を受けた経験があることをしばしば報告しており、特に人間関係の価値についての話し合いがそのような記憶の引き金になることもあります。

  • BATD-Rのフレームワークが治療構造の基礎として使用されている限り、セッションはクライエントのニーズに合わせて個別に調整してもかまいません。

  • これによりセラピストは、クライエントのペースに合わせてクライエントと価値を探究する柔軟性が得られることでしょう。

  • 例えば、最初は人間関係の領域が難しすぎると感じているクライエントは、まずは、心身の健康/スピリチュアリティの領域に焦点を当てるとよいかもしれません。ラポールが形成されてから、セラピストは人間関係の領域に焦点を当てる意思があるかをクライエントに確認します。

  • 価値観の概念に適応するための時間をクライエントに提供する

  • セッション2では重要な内容が導入されるため、セラピストは、価値のある活動のセクションに進むために、クライエントを急かすことになるかもしれません。

  • しかし、急かしてしまうと価値の概念に苦戦しているクライエントは圧倒されていると感じたり、価値に慣れるのに時間がさらにかかるかもしれません。

  • このような問題は、価値の範囲は一回のセッションで「完了」しなければならないという誤った前提に基づいているために起こると考えられます。

  • マニュアルには、次のセッションのはじめに価値を再確認する機会が含まれていますが、セッション3のマニュアルでは、このことにあまり触れられておらず、そのセッションの新しい内容(活動の選択と順位づけ)に焦点が当てられています。

  • しかし、研修では、セッション3では価値についての枠を超えた会話を可能にするために最小限の内容しか含まれていないことが強調されました。

  • セッション3では、1週間が経過してクライエントが価値の概念や価値が自分の人生とどのように結びついているかを考える機会を得た後に、クライエントの価値についての考えに取り組むための時間をより多く確保することができるようになっています。



    テーマ5:アングルとステップを利用して活動の成功率を高める

  • 活動の選択と順位づけにおいて特に重要なのは、成功の可能性を高めるために活動を管理可能な構成要素に分解することです。

  • マニュアルでは、この問題をより広い範囲で取り上げていますが、具体的な方法についての指示は限定的です。

  • 研修では、「アングル」や 「ステップ」の概念に基づいたフレームワークを活用しました。
  • アングル


  • アングルは、価値に基づいた目標が達成される可能性のある複数の方法として定義することができます。

  • セラピストはクライエントと協力して、目標に近づくための実用的な方法を決め、達成可能な活動の設定を助けることが重要です。

  • 例えば、クライエントは、今よりも自立するという価値に関連した大まかな目標に向かって活動しているかもしれません。この目標を達成するためには、実家を出る、運転免許を取得する、有給の仕事を見つけるなど多くの方法が考えられます。これらは、価値に関連している異なる方法が含まれているため、「アングルがある」と言えます。

  • アングルは、価値に沿って生きるための最も迅速で直接的な方法ですが、クライエントとセラピストは、クライエントが与えられたアングルに必要なスキルセットを持っているかどうかを考慮する必要があります。

  • もし必要なスキルセットを持っていない場合には、クライエントは一つのアングルを選択し、そのアングルを小さなステップに分けることが役に立つでしょう。

  • ステップ

  • ステップは、その価値に最も関連する活動を完了するために行う必要のある活動の階層として定義することができます。

  • 例えば、仕事を得ることを全体的な目標としていたクライエントは、仕事のために車を運転する必要がありましたが、最近免許を取り消されてしまいました。

  • 当初、そのクライエントは「免許を取得する」という目標に向かった活動を挙げていました。

  • この活動をどう感じているか、達成感はあるのかという質問に対して、「圧倒された」との答えが返ってきました。

  • そこで、活動をより管理しやすいステップに小さくすることで、そのクライエントは数週間で達成すべきいくつかの活動を特定することができました。

  • その中には、免許更新センターの営業時間を調べる、センターに行って免許の勉強をするための本を手に入れる、試験を受けるための勉強をする、試験の予約をする、そして試験を受けることが含まれていました。

  • 振り返りを行うと、クライエントは「免許を取得する」という活動に対して、もはや「圧倒されている」と感じることはなく、その代わりに達成可能なものになり、それに向かって努力できるようになったと報告しました。

  • 重要なことは、活動を計画するためのアングルとステップを用いたアプローチは、クライエントの現在のスキルレベルを満たすことを可能にするということです。

  • うつを経験しているクライエントの中には、一度にいくつかのアングルに取り組むことができる場合もありますが、アプローチのはじめの段階で「行き詰っている」と感じているクライエントは、全体的な目標に向かって取り組むためにより多くのステップを必要とする場合があります。

  • BATD-Rのマニュアルの中に、選択された活動は観察可能で、測定可能で、可能な限り小さなステップに分けることが3つの条件として挙げられていますが、これはステップの方法と一致します。

  • Hopko, Lejuez, Lepage et al. (2003)およびLejuez et al. (2011)で議論されているシェーピングとフェージングの概念は、セラピストがクライエントと一緒にアングルとステップを検討する際に反映させることができるでしょう。


  • テーマ6:協定は実は「協定」なのか?

  • オリジナルの BATD マニュアル(Lejuez et al.,2001)では、協定は法的文書のように紹介されていました。

  • 改訂版のBATD-Rマニュアルでは、協定の当事者が署名する箇所を省略することで、暗黙のうちにオリジナルのアプローチから遠ざかっています。

  • 格式張った作法でアプローチする方法では、クライエントに大きな負担がかかります。

  • 研修では、協定を「援助」を受けるための方法のように扱うことや、援助を受ける相手にどのように伝るかはクライエントの自由であることの重要性が強調されました。

  • このことは、自分の治療で他人に負担をかけたくないクライエントや、誰かに責任を取ってもらうこと、特に文書に署名することが適切ではない文化の場合には特に有用であると考えられます。

  • 以下では、トレーニング中のロールプレイの例を示します。
  • セラピスト:もう一つ、役に立つかもしれないツールを紹介します。あなたが本当に大切だと感じていながら、なかなか実行できない活動のいくつかを特定するお手伝いをしましょう。あなたはすでに、そのような活動の一つとして、夫の家族と過ごすことを挙げていますね。そこで、ちょっと問題を解決をしてみましょう。本当の問題は、緊張することではなく、初めは楽観的になっていたような感じだけれども、終わった後はむなしくて寂しい気持ちになるということですよね(クライエントの言葉)。では、この後のことを考えてみましょう。いつもはあなたは家に帰って、夫は自分のことをしていると言いましたね。あなたは一人残されて、煮詰まってストレスを感じるようです。夫の家族と過ごすという活動を手伝ってくれる人は身近にいませんか?
    クライエント:彼(夫)じゃなくて?
    セラピスト:そうですね。そうですね。彼かもしれません。一方で、あなたが言っていたことによると、彼は家族に対して少し身構えているんですよね。
    クライエント:えぇ、ちょっと厄介なんです。姉のことですね。彼女は義理の両親と問題を抱えていて....時々そのことについて冗談を言ったりしています。だから...そうですね、妹かもしれません。それと同時に、私は妹に負担をかけているので、妹に協定書にサインさせて、私の責任を押し付けることはしたくありません。
    セラピスト:プログラムの中でこの部分は分かりにくい箇所なので、そのように伝えていただいて嬉しいです。協定書は、手を差し伸べて助けを求めることを表しているだけで相手には何の義務もありません。実のところ、協定の一部としてその人を認識していることを本人に伝える必要はありません。私たちは、誰に助けてもらえるか、どのように助けてもらえるかを一緒に決めているだけです。ですので、あなたは、あなたが適切だと考える方法で助けを求めることができます。


    テーマ7:他の治療的アプローチを活用して障壁を予測・対処しクライエントの強みを強化する

  • 最後のテーマは、他の治療法からインスピレーションを得ることです。

  • 無作為化比較試験では、試験される治療的要素を明確にし、他の要素が用いられていないことを確認する必要があります。

  • しかしながら、これはセラピストが他のアプローチで学んだスキルを使ってBATD-Rの実施方法を改善できないということではありません。

  • BATD-Rを使用するセラピストに有用な情報をもたらすアプローチの1つに、機能分析(functional analysis : FA)があります(American Psychological Association, 2007)。

  • 機能分析は、セラピストが過去や現在の環境要因である、誘因となる要因、健康的でない行動を維持している要因、そして新しい健康的な行動への関与の制限を検討する際に助けとなる有用なフレームワークを提供します。

  • また、機能的、分析的な視点は、障壁がある場合に何が上手くいっていないのかを理解するために活用できます。

  • さらに、記入された活動記録表から達成された活動に至るまでうまくいっていることを見極めるうえでも貴重な視点となり得ます。

  • セラピストは、機能分析のためのシンプルで使いやすいフレームワークを提供しているMagidson, Young, and Lejuez (2014)を参考にすることができるでしょう。

  • BATD-Rの無作為化比較試験を実施時に、これらのアプローチへの言及する際には、BATD-Rの特定の要素の提供を支援し、改善することを意図していることを再確認することが重要です。

  • 留意点として、無作為化比較試を実施する際には、特定の要素を含めることが研究計画書に明示されていない限り、これらの他のアプローチの明示的な要素を加えることは望ましくありません。

    限界点

  • この論文で特定されたテーマは、BATD-Rの研修を受けた研究チームとBATD-Rマニュアルの著者であるカール・レジェス教授(Professor Carl Lejuez)の振り返りに基づいています。

  • テーマは量的研究法を用いて特定されたものではなく、研修中の議論から浮かび上がってきたものです。

  • BATD-Rの利用者は、マニュアル化されたプログラムの有用性を最大化するために、これらのテーマを認識しておく必要があるでしょう。

    脚注

    [1] BATDではなくBBATDという名前にして、最初のBで治療の短さ(Brief)を強調した方が分かりやすかったかもしれません。今回の改訂では、この点を考慮して名称を変更することを検討しました。しかし、この時点での変更は分かりやすさよりも混乱を招くと判断し、改訂版マニュアルでは単に「BATD-R」と表記しています。

    [2] アクセプタンス&コミットメント・セラピーでは、人生の領域、価値、活動の出発点となった価値(Value)に関する有益な議論がされています (Hayes, Strosahl, & Wilson, 1999)。