企画趣旨

『認知行動療法研究』はこれまで,科学者-実践家モデルに根ざした科学的な臨床心理学研究や実践報告を掲載し,エビデンスに基づく実践を支える多くの優れた知見を集積してきた。科学の発展は,方法論の転換と相まって展開する場合が多く,心理学においてもそれは例外ではない。 本学会の会員はこれまで,認知行動療法関連研究に時代時代の新たな方法論を他の心理学領域に先んじて積極的に取り入れることで,大きな発展を遂げてきた。例えば,嶋田(1998)による構造方程式モデリングの適用や鈴木ら(1996)による項目反応理論の適用を挙げることができる。近年,オープンサイエンス,ハードウェア・ソフトウェア性能の向上,デジタル機器の通信能力の向上などから,心理学と関連する諸科学領域の方法論の発展と普及の速度が加速している。そのため,認知行動療法研究の発展のために最新の方法論を取り込むためには,方法論の習得に多くの時間と労力を割かなければならない現状がある。しかし,教員個人,学生個人が方法論を能動的に学習する際には以下3点の困難が想定される。

  1. 教員個人が方法論の習得にかけられる時間には限りがある(他の業務や教育にエフォートが占有される)
  1. 最新の方法論を適用した論文は国際誌に掲載されることが多く,研究を始めたばかりの学生が気軽に学べる機会が少ない
  2. 最新の研究法が日本語で解説されていたとしても認知行動療法分野と異なる分野で適用されており,学会員が自身の研究に結びつけて理解するのが困難である。

以上のことから,最新の方法論を学会主導で共有する機会を用意することが急務であると考える。その機会の一つとして,われわれは,認知行動療法研究において研究の方法論の特集号の企画,刊行を提案する。その効果として下記の2点が期待される。

  1. 最新の方法論を活用した学会員の研究の活性化
  1. 本特集号の刊行を通じて,国内の心理学の諸領域または医学領域に,認知・行動療法学会員が,他の基礎領域と同等かそれ以上に科学性を重視し研究と実践に取り組んでいることが広く周知される

なお,本特集号は数年前に企画された報告ガイドラインの特集号とは一線を画す。報告ガイドラインへの遵守を推進することの目的は,認知行動療法研究のエビデンスの質の向上に向けた取り組みの一つである。今回の特集号ではそうした取り組みの延長線上にある最新の取り組みについて扱う原稿もあるが,それだけに限らない内容を扱う。研究の質の向上のみだけでなく,実践に役立つ認知行動療法モデルの発展や,治療効果の予測モデルの精度向上など,認知行動療法研究の発展に広く寄与することが期待されるテーマを幅広く扱っている。そして,各テーマの原稿においては,当該テーマの概要をわかりやすく解説すると共に,認知行動療法研究との関連や先行研究事例等を報告いただく予定である。これらのテーマの中にはまだ報告ガイドラインの整備がなされていない発展途上のものも含まれる。すでに報告ガイドラインなどがあるものに関しては,ガイドラインについても簡単にふれることがあるが,ガイドラインの内容の共有が主眼ではなく,研究の方法論の紹介が本特集号の主眼である。

本特集号では,新たな研究アプローチの枠組みを紹介する**「認知行動療法の新たな研究アプローチ」**と認知行動療法研究での個別の研究で遭遇する問題の解決や質の向上にかかわる方法論を紹介する**「認知行動療法研究の質向上:さらなる高みへ向けたアプローチの最前線」**に大きく分けられる。「認知行動療法の新たな研究アプローチ」を第1弾として先行して刊行し,その後,「認知行動療法研究の質向上:さらなる高みへ向けたアプローチの最前線」を第2弾として刊行することを予定している。

引用文献

嶋田 洋徳(1998).小中学生の心理的ストレスと学校 不適応に関する研究 風間書房

鈴木伸一・嶋田洋徳・坂野雄二(1996).項目反応理論による心理的ストレス反応の表出水準に関する検討 ストレス科学研究,11,1-10.